上品な花のような香り豊かで、柔らかな口当たりです。
洋菓子・和菓子とも似合う紅茶をお楽しみください。

チャート、味覚表

藤江勝太郎について
 藤江勝太郎(1865〜1943)は、明治時代の日本で烏龍茶製法を広め、日本と台湾の茶産業の発展に尽力した人物である。
 勝太郎は、茶商・藤江新蔵の長男として森町城下に生まれ、貿易業を営む父と共に幼少期を横浜で過ごした。緑茶・紅茶の製法に精通し、茶業者としての頭角を表すとともに、20代前半に私財を投じて中国・台湾へ渡航し、命がけで紅茶・烏龍茶の製法を学んだ。
帰国後、森町に日本烏龍茶紅茶会社を設立し(1889)、烏龍茶の製法を広めた。勝太郎の作った烏龍茶は高く評価された。
その後、台湾総督府に任官し(1895)、台湾茶業の基礎調査、海外茶産地の視察等を行った。その知見を基に、台湾総督府付属製茶試験場を設立(1903)において中心的役割を果たした。製茶試験場は台湾で最初の機械製茶工場であり、勝太郎は主任(場長)として試験を主導した。これらの功績が認められて、技師に昇進している。茶商出身である勝太郎は、製茶の研究だけでなく輸出にも取り組み、台湾初となる紅茶の本格製造と輸出を実現した。1910年まで15年にわたり台湾で活躍し、台湾の茶業政策と製茶機械化の基礎を築いた。当時の台湾において「台湾といえば烏龍茶、烏龍茶といえば藤枝技師」と称されたという。
 日本に帰国後は、森町名誉町長(無給)を約14年間務め、森町商工会を設立する等、森町の発展に尽力した。


※森町教育委員会発行「藤江勝太郎リーフレット」より
  • 静岡紅茶ティーバッグ(2g×10個)
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